鎌倉投信株式会社 代表取締役社長
鎌田 恭幸野元 義久
「100年続く投資信託で、300年続く『いい会社』を応援したい」――2008年、そんな想いで鎌倉投信株式会社を立ち上げた鎌田恭幸氏。投資信託の運用・販売を通じて、社会を豊かにするための金融のあり方を誠実に求め続けてこられました。今、日本に必要とされる「いい会社」とは、どんな会社なのか。「いい会社」を増やすためにどんな挑戦をされているのか。自然と伝統文化に恵まれた古都鎌倉にある、鎌倉投信本社にてお話を伺いました。
15年前の創業時から一貫して、「本業を通じて社会に貢献する会社、あるいは、そうなろうと努力している会社」を「いい会社」だと定義しています。規模の大小や上場の有無は関係ありません。
ご存知のとおり、今の日本は環境、教育、医療などさまざまな分野の社会課題を抱えています。その中で社会全体が持続的に発展していくためには、新しいことに挑戦したり、社会課題の解決に取り組んだりして、社会の構造を変えていく会社が必要です。私たちは投資を通じてそうした「いい会社」を応援し、ふやしていくことで、社会が豊かに成長していく循環をつくっていきたいと考えています。
世の中の潮流に抗えない面もあるのでしょうね。かつての日本には、売り手・買い手・世間にとってよい「三方良し」という商売の考え方がありました。しかし、近代になって欧米型の資本主義の概念が入ってきて、いかに利益を出して株価を上げるかが重視されるようになりました。その大きなドライバーとなったものの1つが金融です。マネーゲームとまではいいませんが、いかに効率的にお金をふやすかを考えて、実体経済ではないところでお金を循環させて利益を生んでいく…という、間違った方向へとお金の力が使われてきました。2010年ぐらいまではそれが顕著にあり、志のある経営者も株主の期待を無視できない面があったかと思います。
はい。まさに2010年、私たちは「いい会社」への投資を掲げて「結い2101」を立ち上げたのですが、当初の世間の反応は「何言ってんの?」という感じでした。社会を豊かにすることや社会課題を解決することは、利益を出すこととは対極にある行為と認識されていたように思います。それから徐々に、双方を重ね合わせる動きが出始め、社会的価値の創出や社会変革を行う中において利益を出すという例も見られるようになりました。人々のニーズが、モノ・サービスをふやすところではなく、社会・人生の質の向上や心の豊かさといったところに、じわりとシフトしてきた感触があります。
「じわり」ですね。近年はSDGsやESGといった考え方が広がり、社会に対する存在意義を明確にして企業活動を行う「パーパス経営」に取り組む企業もふえてきましたが、今はまだ言葉が先行している「黎明期」かもしれません。ただ、少しずつ、社会を意識していないとお客様もついてきてくれない、いい社員も入ってこないという状況に向かっていると思います。
根底には、20年間の会社員生活の経験とジレンマがありますね。
私は大学卒業後、信託銀行に就職しましたが、実はそこに志などなくて(笑)。大学のテニス部の先輩に誘っていただいて、比較的恵まれた労働環境だし、業務内容が幅広くて面白そうだという軽い気持ちで金融の世界に入ったんです。
入社したのはバブル絶頂期で、短期的な利益を追求する金融業界全体には、最初から違和感がありました。とはいえ、縁があって入った会社ですから、まずは担当した資産運用業務に一所懸命に取り組みました。その後に転職した外資系信託銀行でも、海外の先端の運用技術を学べることに大きなやりがいをもって仕事をしました。しかし、やはり金融業界全体を観たときに、最初の違和感は消えることはなく…。環境の変化によって派生型の金融商品が増え、数字を追う傾向が強くなっていく中、大きなプロジェクトに携わり、それが完了したタイミングで会社を辞めたんです。リーマンショックが起こったのは、その半年後のことでした。
本来、金融とは、実体経済や社会を豊かにする「水脈」みたいなものです。しかし、金融に関わる人がモラルを逸した金融商品をつくって制御できなくなり、リーマンショックやバブル崩壊のような「大津波」を起こしてしまう。本来「水脈」であるはずの金融に、鼻息の荒い暴力性のようなものを感じていましたね。
ですから会社を辞めたときは金融の世界から離れる覚悟で、NPOやNGOなどの草の根的な社会貢献活動をやろうと思っていました。しかし、ノウハウも人脈もない中でまったく新しい仕事を始めるは難しいものです。そこで、金融という枠組みの中で、社会貢献に取り組む企業や組織を応援することなら自分にもできるのではないかと方向性を変え、かつての同僚に声を掛けて議論を重ね、共に創業にこぎつけたのがこの鎌倉投信というわけです。
やはりそうですよね。私たちが昨年、ブリコルールさんに組織力醸成のご支援をいただいた際、ブリコルールさんと鎌倉投信との共通点は「人」が基本にあると感じました。
金融と「人」は結びつかないように思われるかもしれませんが、私たちが「いい会社」を紹介するなかで、投資家の行動に変化が生まれるということがよくあります。例えば、投資先の創業社長の強い想いや諦めない気持ちに触発されて、ボランティア活動を始めたり、人生を見つめ直して転職したりされています。つまり、投資は「出会い」を生むのです。素敵な会社や魅力的な製品との出会いもありますが、最大は、まだ気づかない「自分自身」との出会いだと思います。投資に成功する人は自分の価値観をしっかりもっている人です。最初からではなくても、投資していく中で、自分が何を大切にしているのかに気づけると強いんです。人の内面にも影響を及ぼすところに、金融の本質的な力を感じます。
ブリコルールさんが取り組まれている組織の課題に対する支援も、やはり自分自身の内面と向き合い、自分らしさに気づき、表現していくプロセスといえるのではないでしょうか。ブリコルールさんと私たちで提供するものは違っても、やはり「人」にアプローチする点は似ているように思います。
たいへん難しい質問ですね。確かに、企業とそこで働く人たちの関わり方が多様化し、従来の企業モデルとは違った形になっていきそうです。しかし、少なくとも資本主義という枠組みにおいて、株式会社に代わる組織体はないと思います。企業にさまざまな人財やノウハウが集まることによって、新しい価値が生まれる。それによって経済が回り、社会が豊かになっていく。その中心にあるのは、やはり企業でしょう。
ただ、企業がもつべき視点は、どれだけ自社の利益を出すかだけでなく、その利益をどう社会に還元していくかも問われるようになっていくと思います。「利益を内部に貯め込んでいる企業はちょっとかっこ悪い」といった認識が広がり、適切な社会への還元を考える企業がふえていくのではないでしょうか。
1965年島根県生まれ。1988年東京都立大学法学部卒。 日系・外資系信託銀行を通じて20年以上にわたり資産運用業務に携わる。株式等の運用、運用商品の企画、年金等の機関投資家営業等を経て、外資系信託銀行の代表取締役副社長を務める。2008年11月鎌倉投信株式会社を創業、2010年2月投資信託「結い2101」募集開始。資本の論理に翻弄される金融から脱却し、 社会をほんとうに豊かにするための金融のあり方を、実直に、誠実に求め続ける。著書に『外資金融では出会えなかった 日本でいちばん投資したい会社』(アチーブメント出版)。